船長の死

poqrot2005-11-22

カバチタレ!」再放送を見ていたら、常磐貴子演じるウェイトレスと記憶とがシンクロした。
京都駅にほど近い喫茶店での事。サンドイッチの種類が豊富なメニューを受け取り、注文をしようとウェイトレスにふと目を遣ったその時、白いブラウスから透けた黒いブラジャーが目に入った。「随分と無防備な人がいるものだ」とドキドキしていたが周りをよくよく見渡すと、他の店員も一様に黒ブラが透けていることに気が付いた。この「ブラ透け黒ブラ」がなんらかの統一された意志の下、暗に制服としての機能を果たしていることは疑問を挟む余地がなかった。
先述のドラマ中の喫茶店も同様の設定だったが、僕が知らないだけで同じような店は案外多いということだろうか。

面接時か採用時かは知る由もないが、店長に下着の色を指定される場面は想像するだけでもかなりの意外性と気まずさに富んでいる。僕はレコード店員時代にベージュのピタッとした長袖シャツの上に黒エプロンをした姿を「まるで裸にエプロンみたいだ」と人妻扱いされてぱったりその服を着れなくなったガラスのハートの持ち主であるが、あまつさえ店長に「白いズボンの下に黒い下着をつけてきて」と命じられたりしたらきっと驚異と受け止めるに違いない。(ただしそれは店長の言い方にもよるだろう)

この問題は実際に白い制服の職種に置き換えて考えると理解しやすい。例えば僕が看護士になったとしよう。「きつい」「汚い」「給料が安い」の3Kも厭わずに日夜看護に勤しむ彼らには誰もが深い感謝と尊敬の念を抱いているが、僕がここに「黒い」を加えた4Kで病棟に現れたとしたら、途端に不穏な空気が立ちこめることは想像に難くない。目のやり場のみならず、命を預かる現場においてスケスケの黒いパンツは二重三重の意味で不謹慎であると見なさざるを得ないのである。

或いは船長になった場合も然りだ。長い航海の指揮をとる船長には卓越した知識と強いリーダーシップが求められるが、黒い下着を白い目で見られているかもしれない不安を抱えて、果たして正確で迅速な判断、統率力をいかんなく発揮出来るかと言えば大いに心許ない。また乗組員にしてみても、この艶っぽくてソワソワしたキャプテンに厚い信頼を寄せることはかなり難しそうだ。
船長の名誉回復への道は、沈み行く船から乗客とクルー全員の安全を最優先に確保して、ただ一人自分だけが船と共に最期を迎えるシーマンシップ発揮くらいしか残されていないように思うが、海水でくっきりと黒いパンツが浮き上がった冷たい亡骸が皆の尊敬を集める光景はやはりどうしても想像出来ない。

甦る思春期

poqrot2005-11-18

「ザ・ワイド」のコーナー、特ダネファイルを見ていた。キャバクラに勤める女性が「髪を切られ過ぎた」として、美容院に対して損害賠償を求めた訴訟の判決で、裁判所が美容院側に24万円の支払いを命令、という記事を取り上げた時のこと。VTRの後、女性コメンテーターに見解を求めようとした藤井恒久アナウンサーの発言、

「では女性としての立ち場から、有田さん」

に度肝を抜かれた。直ちに「南(美希子)さん!」と訂正してそれ以上事なきを得たのだがそこから先とても有田芳生氏を正視できない。普段はなんとも思っていなかった彼を思いがけず女性として意識させられてしまったこの代償はあまりにも大きくて、なんだか照れくさい上に甘酸っぱい感情を抑えきれずにいる。
そう言われてみれば、異性として見た有田氏は色彩、存在、ジャケットに至るまで、その取り巻く全ての事象がやたらに淡くて初恋のイメージにしっくりこないでもない。

またやらかしそうなポールさん

奈良の女児殺害事件から一年ということで、夕方のニュースが性犯罪を取り上げていた。その中で再犯率が高いとされる性犯罪者の更生を目的とした米国の治療施設が紹介されていたのだが、プログラムを受ける男性がインタビューに応じる映像のテロップが

    「性犯罪を100件以上犯したポールさん」

だった。
罪を憎んで人を憎まずを同時に実践すると、このようにうっかり「重大犯罪を繰り返す人をとても温かく見守る社会」像が出来上がってしまうので、何が正しくて何が間違っているのか時々わからなくなる。

冷たい風

社会問題となって久しいニートへの風当たりは強まる一方だ。うねるようにして押し寄せる排斥の波は遂に銭湯業界にまで及んだ。古くより憩いの場として市民に愛され続けてきたこの業界に「寛ぎ、団らん等の非生産的利用目的の使用お断り」の姿勢を一貫して打ち出すこのビジネス銭湯の登場はいささかエキセントリックであるに違いない。
しかしスーツを着さえすれば入店出来る高級レストランなどと違って、あくまでも商談とビジネスありきの但し書きは、暗に番台の見かけで判断しない中身重視の姿勢を表わしているようで好ましくすらある。
勿論、パリッとしたスーツに身を包む紳士然とした外見が番台の心証を悪くするはずはなかろう。
しかしアタッシュケースから取り出した手拭いを頭に乗せて、恍惚の表情を浮かべたきりただ湯舟に浸かっていると、ものの数分も経たぬうちに番台の瞳には怪訝な色が宿る。ましてやふやけた顔で口笛を吹き出したり臭気漂うあぶくを浮かべようものなら、ファースト・インプレッションで高まった期待ゆえに番台の失望もひとしおである。
結果この銭湯の軒先には素っ裸のままつまみ出される企業戦士が後を断たないという。濡れそぼったあられもない姿にスーツとアタッシュケースを投げつけられた彼らは、社会的地位にあぐらをかいて働かざる者にもニート同様手厳しい現実が待ち受けていることを四つん這いのまま思い知る。

妖精に出会った

「早速お仕事ですか?」
フジファブリックのライブに向うために駆け込んだ夕方の電車。息を切らして座席に腰を下ろした僕の隣を、たった今ぎょっとするような素早い動きで陣取った女性が話し掛けてきた。振り向くと白髪をひっつめにしたその老婆は、僕の手にあるPHSから視線を上げると瞳をまじまじと見据えてきた。ご近所さんだったろうか、と記憶を辿ってみたのだが、その顔には全く見覚えがない。それよりも、どうしても気付かずにはおれない、その非難するような口ぶりが何にも増して僕を困惑させる。
老婆はなおも話し続けた。

「私の情報を送るつもりでしょう?」

老婆がほぼ妖精と言い換えていい存在であることが明らかになったこの瞬間、今日はついていない、この思いを僕は益々強くした。
そもそも一枚余らせたチケットの処遇を前日まで放置していたのがいけなかった。慌てて掲示板に書き込んだ募集はあまりにアクションを起こすのが遅過ぎたのか、引き取り手の目に触れることなく出発の時を迎えていた。そして開演まで数時間を残すばかりだという頃に、往生際悪くモバイルからミクシィにアクセスしたがために、こうして絶望的にわかりあえそうもない妖精の逆鱗に触れるに至ったのだ。

「一日に50人も情報を送られてるとね、すぐにわかるんだから。」
「お金のためならなんだってする子なのね。恥ずかしくないの?」
老婆の怒りは一向に収まる気配が見られない。
「ほらっ、あいつもよ!」
次の駅から乗り込んだサラリーマンが向いの座席でメールを打ち始めると、それに咎めるような一瞥をくれた老婆は舌打ちせんばかりに不快感を露にした。
「お金のためなら悪い事でも平気でするの?そんなにお金が大事なの?」
乗換駅までの3区間の辛抱だと言い聞かせて、僕は自分に向けられた非難に聞こえないふりを決め込んでPHSのボタンを押し続けた。

(これまでは機先を制すれば水際で食い止められたのに、、やだ、なんで?こいつ言うことを聞かないよ…!)
なおもPHSを手放そうとしない僕に、彼女がそんな焦りと苛立ちを募らせていくのを僕の電波がキャッチした。

次の瞬間、老婆はすっくと立ち上がると僕の前に立ち塞がった。恐る恐る見上げてみると、彼女は両手に吊り革を握りしめた格好で、高みから逆三角形になった目で真直ぐに僕をねめつけている。初めて正面から見た彼女の顔は、老婆だというのにどことなくケンドーコバヤシに似ていて、それが不覚にもコミカルにして恐ろしい。
僕がすぐに目を逸らしたのは、剥き出しのピュアな敵意にドキリとしたのもあったが、日記ネタにしようと彼女の発する言葉をメール画面に記録する僕の行為が、奇妙なことに彼女の誹りとそれほど的外れな関係でもないことに、はたと気付いたからだった。
僕も妖精サイドに属していたのか。急に気恥ずかしさを覚えた僕はPHSを折り畳んで鞄にしまった。それを見届けた老婆は、今度は先ほどのサラリーマンに向き直ると、同じように荒ぶる敵意を視線に込めて戦わせていた。
この夜、余らせたチケットを、チキンジョージ前にいた男性に無償で手渡したのは、老婆が僕に浴びせた誹りと無関係ではなかったかもしれない。願わくばなにか良いことがありますように。

アンチ湯けむり慕情

poqrot2005-11-04

秋が深まるにつれて風呂場がめっきりと肌寒くなった。入浴中は冷気を厭って換気扇を回さないので、風呂から上がる頃には浴室から立ち込める蒸気で洗面所の鏡が曇って見えなくなる。こんな時、ドライヤーの熱風を吹きつければ数十秒のうちに結露は取れるのだが、そのためだけに時間を割くことがなぜだかとても煩わしい。
そこで試みるのがドライヤーを戸棚の取っ手にぶら下げる自動乾燥技。鏡に向けて宙吊りにしたドライヤーを顔が映し出される辺りに合わせ、コードを取っ手にぐるぐると巻きつけて固定する。そのままスイッチをホットにすると熱風は結露を飛ばし、やがてそれは鏡面との間に複雑で歪な作用反作用の動力を生じさせてドライヤー本体を左右に揺らす。そうやって作業エリアを広範囲とする実に画期的な反・湯けむり慕情システム事件なのである。
このシステムの肝は「○○してる間に」乾かせる、この一点に集約される。そのため乾燥中に鏡を凝視して効果のほどを見守るような事をしては手作業との差別化が果たされず、その存在価値は実に危ういものとなってしまう。
そこで僕はシステム稼働中には殊更に手ぶら感を強調するような行為の没頭に尽力している。
タオルで髪を拭きながら飛び散る水しぶきに顔をしかめて口笛を吹くであるとか、このところ目に余る腹の脂身をつまんでわざとらしく溜め息をつくであるとか、髪をかき上げながらびしょ濡れた身体で一心不乱に踊り出すであるとか、その勢いに乗じてハンドクラップが止まらないであるとか、腹肉をつまんで口笛を吹きながら踊り出したら床下からミシミシとラップ音が刻まれて隣室の父が今夜も眠れないであるとか、とにかくそうした諸々の超常現象に動じないくらい徹底的に、目前の装置への無関心を装い続ける。
そしてほとぼりが冷めた頃、グラングランに揺れるドライヤーにやおら気付き、澄み渡る鏡面の中にしたり顔を浮かべた中年体型のシルエットを確認するに至って、この小芝居は惜しまれつつも静かに幕を閉じる。

右か左か

右翼団体の街頭演説に通りがかったので束の間見入っていた。物々しい街宣車を背に、戦闘服に身を包んだ強面の構成員が拡声器を用いて大声を張り上げる光景が異様に映る。その後扇町公園まで足を伸ばしたところ、祭りのような賑わいの中に屋台が見えたので、何だろうと覗いてみたら、今度は反戦集会のバザーだったのでこれまたぎょっとした。

右翼と左翼。そのどちらでもない僕は双方の運動家にどこかしら違和感を禁じ得ない。 毎日を無気力に垂れ流すように過ごしていると、彼ら運動家の有り余るエネルギーがおよそ縁遠いものに感じられて仕方ないのだ。
第一、僕は右と左の違いについて実のところよく理解していない。自身がどちら寄りかと問われても、せいぜい思い当たるのは陰茎が左寄りであるという事くらいだ。もしこれをもって右か左かに区分されるのだとすれば、僕は随分左寄りの人間ということになるが、さりとてこれを左翼運動へと駆り立てるモチベーションとするにはやはり相当の無理がある。 人間がなにかと群れたがる生き物だとしても、よりによって松茸の角度に共通点を見い出すことはないのである。その意味で僕は運動家なる人々の執着ポイントが極度に偏っていると断言する事にいささかも躊躇することはしない。
右翼構成員が軍歌を大音量で流しながら、自身の右寄りを拡声器を用いて広く市井に喧伝する姿からは、明らかに羞恥心が欠落しているとしか思えないし、かたや左翼運動家が左寄りの同士を求めて草の根的にネットワークを培ったり決起集会に打って出るエネルギーの有り様にも松茸共依存の徴候が見られて、同様に心からの理解を示す事は難しい。

しかし、こうして左右思想を掘り下げていく内に、この違和感は何も運動家特有の問題とは言い切れないという気もしてくるのだ。
例えば朝日新聞。左派とされる同社が入社試験で左寄り松茸人間しか採用していないというのであれば、身体的差別、セクハラの両面からこの松茸狩りは問題であり、採用基準とその方法の根本的な見直しが迫られて然るべきだろう。
ましてや多額の税金を注ぎ込んで、右寄りである小泉首相の松茸支持、不支持を国民に問うた前回の選挙などまさしく言語道断である。右派小泉自民の歴史的圧勝の背景に、民主党・岡田元代表の左右はっきりしない松茸の問題があったのだとすれば、この国は絶対にどうかしているし、これを国民投票にすり替えた小泉首相の真意は不可解であるばかりか、その自信の拠り所も全くもって意味不明と言わざるを得ない。
やはりどう考えてみても選挙に訴えるほどの案件ではなかった。

季語を交えつつ日本の右傾化を斬ってみたのだが、果たして僕の思想観に間違いはないのだろうか。