冷たい風

社会問題となって久しいニートへの風当たりは強まる一方だ。うねるようにして押し寄せる排斥の波は遂に銭湯業界にまで及んだ。古くより憩いの場として市民に愛され続けてきたこの業界に「寛ぎ、団らん等の非生産的利用目的の使用お断り」の姿勢を一貫して打ち出すこのビジネス銭湯の登場はいささかエキセントリックであるに違いない。
しかしスーツを着さえすれば入店出来る高級レストランなどと違って、あくまでも商談とビジネスありきの但し書きは、暗に番台の見かけで判断しない中身重視の姿勢を表わしているようで好ましくすらある。
勿論、パリッとしたスーツに身を包む紳士然とした外見が番台の心証を悪くするはずはなかろう。
しかしアタッシュケースから取り出した手拭いを頭に乗せて、恍惚の表情を浮かべたきりただ湯舟に浸かっていると、ものの数分も経たぬうちに番台の瞳には怪訝な色が宿る。ましてやふやけた顔で口笛を吹き出したり臭気漂うあぶくを浮かべようものなら、ファースト・インプレッションで高まった期待ゆえに番台の失望もひとしおである。
結果この銭湯の軒先には素っ裸のままつまみ出される企業戦士が後を断たないという。濡れそぼったあられもない姿にスーツとアタッシュケースを投げつけられた彼らは、社会的地位にあぐらをかいて働かざる者にもニート同様手厳しい現実が待ち受けていることを四つん這いのまま思い知る。