傷つけてしまった人へ

時に若さゆえの身勝手な振舞いで人を傷つけてきた。
周囲など目に入らなくて、ただがむしゃらだった全力投球の日々。
幸せを望む、その思いだけだったのに。

15年前の元日、家族で訪れた上賀茂神社
その年は野茂英雄近鉄バファローズに入団、タイトルを総ナメにしたシーズンオフの事だったとはっきり記憶している。 野茂になぞらえて覚えていたのは何も偶然ではない。また賽銭を投げ込む人垣から少し外れた所に立つ僕の佇まいが野茂の影を帯びていたのも決して偶然ではい。調子に乗りやすい若者はいつの世にも一定数存在するものだが、この時この境内でとびきりの存在がおそらくこの僕だった。

小さなアーチを描いて投げ込まれる賽銭を尻目に、一人豪速球を投げ込む気満々に息を整える高校生。その異変に妹はいち早く気がついたが、僕は制止を振り切るようにしてワインドアップで振りかぶった。
毎日鏡の前で小汗をかきながら入念に作り上げたトルネード投法。引き絞った弓のように身体をグイッと後方に捻るとその復元力を体重移動に乗せる。リリースの瞬間、僕はこれが生涯最速の投球であることを確信した。同時にその弾道があまりに低過ぎた事も。
しなやかな腕の振りから投じられた推定時速108km/hの5円玉は糸を引くような低い軌跡を残すと、次の瞬間「ガチッ!」と鈍い音を立てて地面に転がった。

「ウゥッ!!!」
新春の賑わいにこだまする明らかに場違いな打撃音と呻き声。
浮かれた空気は一瞬にして凍りついた。
被弾したのはよりによって頭部を保護すべきクッション材を一糸まとわぬ40がらみの男性だった。
猿人から進化する課程で人類が遺伝子レベルの判断で不必要としてきた体毛。その最期の砦として残された頭髪をこれまた遺伝子レベルで受け付けようとしなかったこのずるむけた男性は、僕の放った流れ弾(それは剥き出しのお年玉と言い換えてもいい)を受けて頭を抱えたまま身じろぎ一つ出来ずにいる。

群集が固唾を飲んで見守る中、男性は力ない所作でこちらを振り返った。
「お、おまえ、、、おまえええっ…!!!」
目に涙を浮かべた彼は、激痛のあまり自らが被った事件の全容を把握することもままならないのか、それ以上言葉を失った。 そして謝罪し続ける僕をひとしきり睨み終えると、彼は無言で背を向けて神前に向き直った。

再び露わになったその後頭部にはうっすらと血が滲んでいた。
クラッチカードのようにコインで頭皮を削られた彼が、一年の始まりを「残念」で迎えたことだけは間違いなかった。
僕はもう誰も傷つけたくないし、全力投球もしない。