七夕伝説

父の転勤で金沢から枚方に戻ってきた時、新居近くを流れる川の名を「天の川」と知った小学生の僕は「ロマンチックな川と偶然にも同名のようだけれども、それだけにこの貧相ぶりは失笑ものだなあ」と思っていた。
このコンクリートの堤防の下に流れる川は、7才児にシニカルな視線を投げかけられるほど黒くて臭くて廃水であぶくが立っていた。小学生時代には年頃の無鉄砲さでこの川の中をザブザブと歩いて下る遊びをしたものだが、あの時に覚えた足裏のヌメリと異臭はその後の僕の人生にドブめいた体臭として深く影を落した、そう考えずにおれぬほど生臭い。いや僕の臭さについてはよそう。ここで強調しておきたいのは僕ではなくて川の臭さの方である。
そんな限りなくドブに近いグレー色をした天の川だが、近年この川こそが七夕伝説発祥の地だと声高に主張されるようになってきた。確かに以前から言い伝えられる説らしいのだが、京阪電車枚方市から分岐する交野線と本線・淀屋橋駅までを結ぶ上り下りの直通特急に「おりひめ号」「ひこぼし号」と命名したことでこの説はにわかに信憑性を持ち定着したような印象を受ける。伝説も企業とタイアップしてなんぼの時代なのかもしれない。だが、あの川幅と浅さを前にして、一年に一度しか会えぬ離ればなれの二人が想起されるような、それが連錦として語られるような要素を見い出すことは、ロマンチックな島田紳助あたりの人材でもかなり難しい。
あまりのドブ臭に二人が逢瀬に二の足を踏んでいた、というのであれば納得出来なくもないが、だとすればその情熱は遠距離恋愛の恋人よりも別居中の夫婦になぞらえる方が相応しく思える。