先生

夢の中で僕は消えた二子山年寄株を手中に収めていた。
唾飛び交う押し問答を「知りませんから知りませんから」としらをきり続けて、はたと目を覚ます。
夢占いでもして深層心理にメスを入れないことには僕の心の深い闇は解明されないのかもしれないが、ただひとつ確かに言える事は花田兄弟の確執に思いのほか心を痛めていたということだ。

自らにワイドショー界隈で生きる素養を見い出して、すっかり淡い淡い有田芳生色に染めあげられた僕は、昼下がりを西天満のミツバチ堂で気持ち良くつぶすことにした。
バナナとピーナツバターのホットサンドを注文し「お父さんは心配症」を読み始めてほどなく、二人連れが隣の席に腰かけた。紺色のスーツを纏った四十がらみの細身の男性と三十前後の髭の男性。耳を澄ませて様子を伺っていた訳ではないが、髭の男性が、先生先生と大声で持ち上げる様子から、紺スーツの男性は顔に見覚えこそないがどうやら識者として相応の地位にある御仁のようである。
漏れ聞こえる会話の断片から次第に明らかになっていったのだが、この席はどうやらテレビ番組の打ち合わせということらしい。
協議は佳境に差しかかった。
「先生にはしばらく隠れて頂いて、指示が出たらびっくりさせてください。その後、司会の中山秀征から着席の指示があると思いますから」
胸騒ぎを覚えたのはヒデちゃんのせいかもしれない。
足を組み背もたれに肘をついた格好で、面白いアイデアだね、とばかりに鷹揚に頷いてみせた先生だが、目に顕れた尋常ならぬ光がテレビから白羽の立った興奮を隠しきれてはいない。
若き文化人として名をなす野心につけ込み、持ち上げるだけ持ち上げて先生をピエロにと目論むテレビ界。
甘言に踊らされた先生は着ぐるみだって辞さないほどに舞い上がっているように映る。
野心、搾取、愛憎、詐欺、、、
ワイドショーのエッセンスを嗅ぎとった僕の中の有田芳生が警笛を鳴らしている。
先生にあてがわれた役割が気になって眠れない。