股間がホット

poqrot2005-05-04

前回の日記は喫茶店巡りにピリオドを打つ意味でしたためたのだが、東京滞在が延長となると、友人御推奨、近江屋洋菓子店ボルシチ飲み放題をどうしても看過するわけにはいかなくなった。
珈琲、フレッシュジュースに混じって明らかに異彩を放つボルシチをドリンクと扱っている以上、てっきりスープ主体の仕上がりかと思いきや、じゃがいも、にんじん、牛肉等の具が実にボリュームたっぷり。
500円飲み放題にして、食べ放題色も兼ね備えたサービスを前に腹時計のアラームが鳴り響き、すっかり卑しさを隠しきれなくなった僕は、ポリカップいっぱいに具を詰め込んだおかわりをテーブルに持ち帰るとあさましく頬張り始めた。
するとその時だ。
てんこもりの重量に悲鳴を上げたポリカップが僕の手元でひしゃげて空中分解。気がつけば見渡す限り股間一面、ボルシチの一切合切をぶちまけていた。
色とりどりの具材のみばかりか、その薄布一枚下には暗喩されるところの「具」までもが一堂に会してしまって、具だくさんなことこの上なし。
そのこんもりとした盛り付けアレンジは奇抜に過ぎて度肝を抜くトレンドセッターぶり。しかも衣類ばかりか、椅子に敷かれた白いクッションまでも粗相を示す朱色に染め上げてしまい、まるで盆と正月とメンスがいっぺんにやって来たかのようだ。
熱さは一瞬にして吹き飛び、残されるは恥辱ばかり。なんとかして事態を丸く収めたい。しかしその願いも虚しく、手持ちのティッシュが尽き、自力では収拾がつけられぬ、と判断せざるを得ない段になって、ようやくお店の人の助けを求めることにした。
「お客さま大丈夫ですか火傷はないですか?」
心配してくれる女子店員に平謝りしている内に、股間に大きなシミをこしらえた状況下の謝罪ほど人間の尊厳を危うくするものはない、と思った。
人としてギリギリラインに差しかかった僕は脂汗を流しながらトイレに駆け込む。
「しっかりしろ、まさし」
鏡の前で息を整えると次第に冷静さを取り戻し、この事態がいかに滑稽であるかということに気付く。
再び席に着いた頃には「日記に出来るな」、そう思い股間に出来たシミを携帯カメラで撮影しようというところまでに回復した、その矢先。
店員から報告を受けた店主が背後からヌッと現れた。

「大丈夫ですか?」
パシャッ!

シャッター音とほぼ同時だったと思う。この事態が意味するもの。
それは証拠収集に余念のない原告の姿。自らの不手際を熱過ぎる珈琲に責任を転嫁して、マクドナルドから大金をせしめとったアメリカ人の姿ではなかったか。
純粋に心配してくださった店主へのお返しとしては随分な仕打ちである。
すっかりボルシチへの食欲も失せ、ケーキに専念するつもりでいた僕だったが、こうなる事態は混迷を極めてくる。
貴店もボルシチも恨んではいない、そのことを証明するために再度のボルシチおかわりが不可避と思われてくるからだ。
もはや「この期に及んでまだ食べるつもりか」と自意識を過剰に働かせて恥ずかしがっている場合ではない。僕は身を呈して、最大限の心遣いを見せてくれた彼らに対して悪意がないことを証明せねばならない、とポリカップを持って立ち上がった。

数日経って思う。あのおかわりは本当に正当性を持ったおかわりだったのか。
陰部をしとどに濡れそぼらせ、こびへつらうような笑みを貼り付かせた僕が、ボルシチのおかわりをよそう姿は、気味悪さゆえにむしろ高額賠償訴訟に積極果敢な印象を与えたかもしれない、そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。